社会保険料を下げる? 介護現場から見える“本当の話”
- 広 天田

- 2025年7月15日
- 読了時間: 4分
「社会保険料が高すぎる」
「手取りを増やしてほしい」
そんな声が世の中で聞かれるたびに、私は介護福祉の現場を預かる立場として、いろんなことを考えさせられます。
たしかに、社会保険料が下がれば毎月の給与明細は少しだけ明るく見えるかもしれません。でも、日々高齢者やご家族と向き合っている立場から見ると、「それで本当に私たちの暮らしは良くなるのか?」と感じるのです。
医療・介護のニーズは減らない。それでも負担は変わる
社会保険料が下がっても、病気や事故が減るわけではありません。高齢化も、進み続けています。
つまり、必要な医療・介護の量は変わらない。それなのに保険料を減らすということは、支える原資が減るということ。
結果として、「自己負担の増加」や「受けられるサービスの質・量の低下」に繋がるのではないか――そんな懸念を強く感じています。
社会保険って、今の高齢者のためだけのものじゃない
「社会保険=高齢者への仕送り」
そう考えている方もいるかもしれません。でも私たちは、小さい頃からたくさん医療の恩恵を受けて育ってきました。熱を出して病院に行き、ケガをして治療を受ける。その医療費の多くは保険で賄われていました。
そして将来、自分が年を重ねたとき、病気になったとき、介護が必要になったとき、支えてもらえるのも社会保険のしくみです。
つまり、社会保険は「今の高齢者のため」だけでなく、「自分の過去と未来」を支える仕組みなんです。
終末期医療のリアル
「高齢者の終末期に、意味のない延命で莫大な医療費がかかっている」そうした論調をメディアなどで目にすることがあります。
施設や在宅で穏やかに最期を迎える方の医療費は、それほど大きくないです。胃ろうや人工呼吸器を“延命のためだけに”選ぶ人は今やほとんどいません。
最期の時間をどう過ごしたいか、ご本人・ご家族と丁寧に話し合いながら、“その人らしい選択”がなされているのが現実です。医療や介護の最前線は、冷静で、慎重で、そして何より人に寄り添っています。
「亡くなる直前は医療費が高い」ことの誤解
よく「亡くなる前の1年で医療費が跳ね上がる」と言われます。
でもそれは、回復の見込みがある方を、一生懸命治療した結果であることが多いのです。事故や急な病気で倒れた人を、なんとか助けたい。命をつなぎたい。
本人も、ご家族も、医療者も、そう思って尽力する――それは本来の医療の姿だと、私は思います。
社会保険料が高く感じる「本当の理由」
医療が進歩し、介護制度が整ったおかげで、日本は健康寿命が世界トップクラスになりました。
家族の介護で離職する人も減っています。制度があるから、安心して働ける。そういう社会に近づいていると思います。
でも、その恩恵を“実感”として感じられない理由は明確で、収入が伸びていないからです。制度のコストが高いのではなく、経済がそれに見合った成長をしていない。
そのしわ寄せを、「制度のせいだ」として現場に押しつけるのは、少し違うのではないでしょうか。
報酬が削られると、介護の未来が危うい
介護の現場は、決して潤っているわけではありません。
物価や人件費が上がる中、介護報酬はわずかな伸びにとどまり、多くの法人がギリギリの経営を続けています。これ以上報酬が削られたら、続けられない事業所が出てくるのは時間の問題です。
そしてその影響を最も受けるのは、支えを必要とする高齢者と、そのご家族です。
保険じゃなく「自費で受ければいい」…本当に?
「命の危険がある人にお金をかけるのは非効率」「そういう人は自費でやればいい」
そんな意見もあるようです。
でも、もし自分の家族が「助かる確率が低いので、保険は使えません」と言われたら…
私だったら、納得できません。
未来のことなんて、誰にもわかりません。だからこそ、誰かが倒れたときに、きちんと手を差し伸べられる仕組みが必要なんです。それが、保険という仕組みの意味ではないでしょうか。
制度の持続性を支えるのは、経済の成長と、社会全体の理解
「社会保障費が高いから、保険料を減らそう」
というのは、簡単な話ではありません。本当に必要なのは、「誰の生活を守りたいのか」「そのためにどうお金を回すのか」を、国全体で考えること。
そして、社会保険があることで守られている人の声に、もっと耳を傾けてほしいと思います。
介護の現場は今も、たくさんのご家族の「日常」を支えています。それを当たり前のこととして続けていけるように――
私たち現場の人間として、これからも声を上げていきたいと思っています。必要な人に、必要な介護と医療が、これからもきちんと届く社会でありますように。




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