目的で考える、課題を分ける
- 広 天田
- 9月13日
- 読了時間: 5分
先日、ある同業の施設の方から、とても印象的なお話を伺いました。
その施設では、休憩室でのささいな会話をきっかけに、スタッフ同士の関係がぎこちなくなってしまったことがあったそうです。
一人のスタッフは「どうしてあんな言い方をされるんだろう」と気に病み、もう一人は「嫌われてしまったのかもしれない」と不安を抱えたまま仕事を続けることになりました。
福祉の現場はチームワークが何より大切です。だからこそ、このような小さなすれ違いが、そのまま大きなストレスにつながってしまいます。
その施設の管理者は、この問題を解決するヒントとして、アドラー心理学の「目的論」と「課題の分離」という考え方をスタッフに紹介したそうです。すると、職場の空気が少しずつ変わっていったと言います。
1. 「なぜ?」より「何のために?」 ― 目的論の視点
職場で人間関係がこじれるとき、私たちはつい「原因」を探したくなります。
「性格が合わないからだろう」「前に注意したことを根に持っているのだろう」
原因を突き止めれば安心できる気がしますが、実際には関係が改善されるわけではありません。
アドラー心理学では、この「原因論」を否定しています。
人は過去の出来事で行動しているのではなく、未来に向けた「目的」を持って行動しているという考え方です。
たとえば、同僚が冷たい返事をしたとき。
その背景にあるのは「自分の意見を守りたい」という目的や、「忙しい状況を理解してほしい」という願いかもしれません。
別のスタッフが感情的になったのも、「自分の存在をわかってほしい」「仲間に大事にされたい」という目的だったのかもしれません。
「なぜそんな態度を取るのか」と原因を探すのではなく、「その行動にはどんな目的があるのか」と問い直す。
そうすることで、見え方が柔らかく変わり、相手を理解するきっかけが生まれます。
この視点を取り入れたその施設では、スタッフ同士の会話に「〇〇さんは今どうしてほしいのかな?」というやり取りが増えたそうです。
「忙しそうにしているから、あえて素っ気なく答えたんだろうな」と思えるだけで、余計な誤解や不満が和らいでいったといいます。
2. 「誰の課題か」を整理する ― 課題の分離
もう一つ大切なのが「課題の分離」です。
人間関係の悩みの多くは、「誰の課題なのか」が混ざってしまっているときに生まれます。
たとえば、新人スタッフが「先輩に嫌われたらどうしよう」と不安を抱くとします。
でも、先輩がどう評価するかは先輩の課題。
新人にできるのは「与えられた仕事にどう取り組むか」という自分の課題です。
同様に、「同僚がもっと協力してくれたらいいのに」と感じることもあるでしょう。
しかし、相手がどう動くかは相手の課題。
自分の課題は「どう声をかけるか」「どう関わるか」です。
その施設では、スタッフ同士が衝突しかけたときに「これは誰の課題だろう」と整理する習慣を持つようになりました。
すると、自分が抱え込む必要のないものまで背負っていたことに気づき、気持ちが楽になったそうです。
課題を分けることは「冷たいこと」ではありません。
むしろ相手を尊重することです。
人は自分の課題に取り組むことでしか成長できません。
それを奪ってしまうことは、相手の自立を妨げることにもなってしまうのです。
3. 職場に広がった小さな変化
「目的論」と「課題の分離」を意識するようになってから、その施設では小さな変化が積み重なったそうです。
・感情的な態度を取るスタッフに対して「きっと〇〇したいんだろうな」と目的を考えられるようになった
・「どう思われるか」ではなく「どう行動するか」を大事にする声がけが増えた
・お互いの課題を尊重することで、「自分の責任」と「相手の責任」が整理され、無駄なストレスが減った
その結果、以前よりも職場全体の雰囲気が柔らかくなり、利用者への対応にも落ち着きが出てきたといいます。
福祉の仕事は人と人との関わりの積み重ねで成り立っています。
だからこそ、スタッフ同士の関係性が安定することは、そのままケアの質の向上にもつながるのだと実感させられるエピソードでした。
4. 私たちへの学び
今回の話はあくまで他社の事例ですが、同じ福祉の仕事に携わる私たちにとっても大切な示唆を含んでいます。
人間関係に悩むとき、つい原因を探してしまいがちです。
でも「なぜ」ではなく「何のために」と問い直すことで、相手の行動の意味が違って見えてくる。
そして「誰の課題か」を整理することで、自分の心が軽くなり、相手の成長も尊重できる。
これは、利用者さんとの関係だけでなく、スタッフ同士の関係にもそのまま活かせる考え方です。
5. おわりに
「目的論」と「課題の分離」――この二つはシンプルですが、とても力のある考え方です。
ある施設の事例を通して、その効果を改めて感じました。
福祉の現場では、利用者さんも職員もそれぞれに課題を抱えています。
だからこそ、自分の課題に誠実に向き合い、相手の課題を尊重することが大切です。
私たちの理念「いま幸せです、ともに想える人生に」という言葉は、職場の人間関係にもそのまま当てはまります。
お互いが自分の課題を引き受け、相手の課題を尊重できるとき、職場そのものが「幸せを想える場所」になっていくのだと思います。

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